2014年6月1日日曜日

『ブギーナイツ』Boogie Nights (1997) ポール・トーマス・アンダーソンと俳優たち

ブギーナイツBoogie Nights (1997)
Director: Paul Thomas Anderson
Writer: Paul Thomas Anderson

『ブギーナイツ』はポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)監督の長編2作目の作品。若干27歳で、こんな傑作を作ったことに驚く。彼の以後の作品、『マグノリア』『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『マスター』を観ても、原点は『ブギーナイツ』にあるのかなと感じる。

 PTA映画の特徴として、父(または母)と子の問題がテーマに絡んでくる。

『ブギーナイツ』では、ポルノ映画に集まる制作者や俳優が、疑似的な家族の関係を作っている。家や学校を飛び出したマーク・ウォールバーグ(ダーク・ディグラー)、ヘザー・グラハム(ローラーガール)がバート・レイノルズ、ジュリアン・ムーアを父母として慕う。

 またPTAは、比較的同じ顔ぶれでキャスティングしているのも特徴だ。常連組といえるのは、フィリップ・シーモア・ホフマン、ウィリアム・H・メイシー、ルイス・ガスマン、ジョン・C・ライリーなどだが、他の俳優たちも複数回、出演していることが多い。
 PTAの作品に出演する俳優たちは、何らかの賞にノミネートされることも非常に多い。とにかく俳優の演技を引き出すのがうまいのだ。『ブギーナイツ』でもバート・レイノルズとジュリアン・ムーアがオスカーにノミネートされている。ただバート・レイノルズは、何故かこの映画に出たことをひどく後悔しているらしく、PTAの次の映画『マグノリア』への出演オファーを断ったそうだ。

 キャスティングに関しての面白い話。当初レオナルド・デカプリオがダーク・ディグラー役としてオファーされ、本人も出たかったのだが、『タイタニック』出演が決まっていて断念したという。代わりにマーク・ウォルバーグを推薦したのだ。ここ何年かデカプリオは変な役ばかり演じているが、『ブギーナイツ』を断り『タイタニック』を選んだ呪いなのかと思ってしまう。

 『ブギーナイツ』は何度観ても大好きな映画だ。特にプールでのパーティーシーンが楽しくて好きなんだ。


2014年5月2日金曜日

『ザ・イースト』


The East (2013)
Director: Zal Batmanglij
Writers: Zal Batmanglij, Brit Marling
Cast: Brit Marling, Alexander Skarsgård, Ellen Page, Patricia Clarkson

 ブリット・マーリングが製作、脚本、主演という才女(しかも美人)である。監督はザル・バトマングリッジ、脚本は彼女との共同だ。この2人の映画は今作が初めてだった。製作者の中にはリドリー・スコットと2012年に亡くなったトニー・スコットの名前もある。

キャスト:
ブリット・マーリング(サラ)

 サラという名は偽名で、元FBIの女性。民間調査会社に雇われ、エコ・テロリスト集団「イースト」の潜入捜査を行う。ブリット・マーリングは現在31歳だけど、20代半ばくらいの新入社員といった印象で良かった。

アレキサンダー・スカルスガルド(ベンジー)

 アレキサンダー・スカルスガルドがベンジーと呼ばれる「イースト」のリーダー。この俳優も観るのは初めてだったが、下手すると主演女優より美しいんじゃないかと思わせる瞬間もあった。
 映画内、最初はボサボサの長髪に、伸びきった髭というキリストのような風貌で登場したが、薬品会社のパーティーに紛れ込むという作戦では、整髪し、髭も整え、スーツで決めた。サラも、あら意外と男前じゃない?って思ったはずだ。女子はギャップに弱いって聞いたことがある、アレだ。


エレン・ペイジ(イジー)

 みんな大好きエレン・ペイジ。『Juno』も良かったけど、『スーパー!』の凶女っぷりが最高だった。今作も最も過激なテロリスト役で、こんな役ばっかりだ。童顔(もう27歳!)なのに、声がやさぐれ感のある低音というのが特徴。
 今年、同性愛者であることをカミング・アウトしたが(なぜか残念)、映画内でもそう思えてしまった(つくづく残念)。






パトリシア・クラークソン(シャロン)

 民間調査会社の幹部(社長かな?)役で、映画内の女性上司は全部この人がやってるんじゃない? という程、よく出ているという印象だ。









民間調査会社(Private Intelligence Agency)
 この映画では、現在のアメリカのニュースが幾つも題材として扱われている。その一つがサラが雇われた民間調査会社で、CIAやFBIが扱わない企業間で不利益となるようなテロ行為などを捜査し、未然に防ぐとい目的だ。企業に雇われての調査なので、その企業に関係のないテロ行為は取り扱わないみたいだ。
 映画内でサラが、今まさにテロ行為が行われると、シャロンに携帯で報告するが、「その会社はクライアントじゃないので放っておけ」と言われるシーンが印象に残った。

 この映画のモデルとなる会社が実際に存在し、ストラトフォー社という。この会社は「影のCIA」とも呼ばれている。何でもかんでも民営化するのがアメリカで、他にも民間軍事会社のGKシエラ社というのも存在するが、日本では到底考えられない。

 2012年に起きた実際の事件で、ウィキリークスがストラトフォーと顧客間の500万通もの電子メールを公開した。この電子メールを盗み出したのが国際ハッカー集団の「アノニマス」。
アノニマスのトレードマークはこの仮面。『Vフォー・ヴェンデッタ』だ!

 このメール公開により、ストラトフォーがコカコーラや米化学大手のダウ・ケミカルとユニオンカーバイドなどの依頼を受け、グローバル化に逆らうお笑いテロリスト「イエス・メン」や動物愛護団体PETA(動物の倫理的待遇を求める人々)の動向を監視していたということが分かった。
THE YES MEN - この2人がジョークを武器に大手企業と戦う
ユニオンカーバイド社は1984年にインドの農薬工場から有毒ガスを漏出させ、1万人近くもの死亡者を出した。この会社を後に買収したのがダウ・ケミカル社で、イエス・メンのお笑いテロのターゲットがこの両社だったのだ。
 イエス・メンは2004年にダウ・ケミカルのスポークスマンだと偽り、BBCに出演。全面的に被害者の保証を行うことを約束するというデマを語った。当然その後もずっと目をつけられていたという訳だ。


BBCのインタビューを受け、デマを発表するイエス・メン


 コカコーラ社はバンクーバー・オリンピックのスポンサーで、PETAによる妨害を恐れていたという。PETAは世界で最大の動物愛護団体で、過激なテロ行動は起こさないが、そのキャンペーンは過激だ。
エルメスの革製品に対しての抗議
日本での反バーバリー・キャンペーン

女はなぐっても、動物にはしないさ - クリス・ブラウン(わはは!)

フリーガン(Freegan)
  ブリット・マーリングは居場所が分からない「イースト」を探す旅にでる。彼氏には、暫くドバイに出張に行ってくると嘘をついた。髪を金髪に脱色し、サラと名乗り、スーツからバックパッカー風のアウトドア・ウエアに着替え、パンプスを脱ぎ、シャロンにプレゼントされたビルケンシュトックのサンダルに履き替えた。

 まず列車の無銭乗車(トレイン・サーフィン)をする若者達のグループと行動を共にし、そこで出会ったルカという男を助けることになる。その男がダンプスターと呼ばれる巨大な業務用ゴミ箱から廃棄したピザやパンを取ってくる。彼女は仲間に加わるために、我慢してそれを口にする……。
 これも事実だ。このように捨てられた食べ物や日用品を再利用する人々を「フリーガン」と呼ばれている。フーリガンはサッカー場で嫌われているが、フリーガンはアメリカではトレンドなのだ。ダンプスターに入って、ゴミあさりをすることを「ダンプスター・ダイビング」とも言うらしい。



 サラはルカの持っていた方位磁石をふと手に取る……が、東を指したまま動かない! ルカは「イースト」のメンバーに間違いない!……って見つけるのが早過ぎ。

エコ・テロリスト(Eco-terrorist)
「イースト」のような、過激な犯罪行為を行なう集団をエコ・テロリストというのだが、日本人が真っ先に思い浮かぶのがシーシェパードじゃないかと思う。しかしシーシェパードは認可を受けたNPO団体であり、自称「人は傷つけない主義」で、厳密にはエコ・テロリストには当てはまらないかもしれない。もちろんPETAもイエス・メンもエコ・テロリストとは呼ばない。
これでも暴力ではないのか?
「イースト」のモデルに近い実際の集団が、アメリカの地球解放戦線(ELF,Earth Liberation Front)とか、イギリスで結成された動物解放戦線ALF,Animal Liberation Front)になるのではないか。

 地球解放戦線(ELF)は、森林破壊を行っていると疑われた企業や研究機関を爆破や放火という過激な犯罪行動を行う。しかし環境のためなら、爆破や放火も辞さないというのは間違いなく矛盾だろう。

 もう一つ代表的な犯罪として「ツリー・スパイキング」という行為がある。木の幹に鉄くぎを打ち込んで伐採を妨害するというものだ。こうしておくとチェーンソーの歯がだめになるが、人にも大変危険だ。チェーンソーを扱った人なら、ぞっとすると思う。

もしもぼくらが木を失なったら』(If a Tree Falls)
 アカデミー賞・ドキュメンタリー部門の候補にもなった作品。元ELFのメンバーで有罪判決を受けた男を追ったドキュメンタリー。
ドキュメンタリー映画『もしもぼくらが木を失なったら』(2011)
 動物解放戦線(ALF)は「動物の権利」確保を目的に、畜産場、毛皮専門店、大学、製薬会社などを襲撃し、時には爆破・放火などの過激な非合法活動も行っていた。
ALF - 俺たち動物愛好家!

ALF - エロテロリストなら歓迎!
「イースト」のウエルカム・ディナー
 「イースト」は奥深い森の中で集団生活をしている。そこへサラは潜入することに成功した。これはテロリストというより、カルト教団のイメージに近い。この監督&主演女優コンビの前作『サウンド・オブ.マイ・ボイス』は、カルト教団をテーマにしたスリラーだ。



 映画「ザ・イースト」の食卓のシーンで、サラを含めて「イースト」のメンバー全員が拘束着を着け、テーブルを囲む。もちろん両手の自由は利かない。リーダーのベンジーがゲストのサラに「まず君から食べよ」と言う。サラはスプーンの柄を口でくわえるがうまくいかず、皿に顔を突っ込み平らげる。それを見た後、他の者たちはスプーンをくわえ、皿をすくい、横の人の口元に差し出し、食べさせた……。
 これはカルト的な新入りを迎え入れる儀式として印象に残るシーンになった。このシーンの元となる話がある(おそらくなのだが…)。
天国と地獄のスプーン」という話だ。
 ある者が地獄を覗いてみた。そこではテーブルの上に豪華なご馳走が並べられ、何人かが椅子に座っている。だが左手は椅子に縛られ、右手の先は柄の極端に長いスプーンが縛り付けられていた。結局、地獄では人は何も食べることができず、ただ飢えていくばかりであった。
 次に天国を覗いてみると、そこでは地獄と全く同じ風景であった。テーブルの上にはご馳走、着席した人の左手は椅子に縛られ、右手は柄の長いスプーンが縛られている。だが違っていたのは、天国では互いにスプーンを差し出し、食べさせていたのだ……っていう話。

エンディングに関して
 サラはエンディングで、民間調査会社の自分と同じようなエージェントたちのデータが収まったmicroSDカードをリステリン・ポケットパック(多分これだと…)のケースに入れ、これを飲み込んで持ち出した。
これを君なら飲み込めるか?
この映画内で2度、サラは指を口に突っ込んで嘔吐し、これを取り出した。随分と都合のいい食道をお持ちでというのはまだいいとして、その後、エージェントたちとコンタクトを取り、何らかの行動を起こしたのだろう……、エピローグで、メディアに曝された幾つかの企業の不正が明らかになったとのことだ。

 このエピローグに蛇足感を感じたのだ。つまり彼女一人で活動できるなら、2時間かけて描いた「イースト」という集団は随分無能ではないか?
仮に他のエージェントたちを味方につけたとしても、パトリシア・クラークソンも黙っちゃいないだろう? 一体どんな行動を起こしたのだ? また2時間の続編として決着つけてもらいたい。

2014年3月20日木曜日

Saul Bass (1970 - 1995) Archive3

Saul Bass
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Such Good Friends (1971)
Director: Otto Preminger


Phase IV (1974)
Director: Saul Bass
ソール・バス監督のSFホラー


That's Entertainment, Part II (1976)(ドキュメンタリー)
Director: Gene Kelly



Alien (1979)
Director: Ridley Scott


The Human Factor (1979)
Director: Otto Preminger



『ケープ・フィアー』 Cape Fear (1991)
Director: Martin Scorsese


『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』 The Age of Innocence (1993)
Director: Martin Scorsese

A Personal Journey with Martin Scorsese Through American Movies (1995)
(TVドキュメンタリー)
Directors: Martin Scorsese, Michael Henry Wilson

Casino (1995)
Directors: Martin Scorsese


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ソール・バスに影響を受けた作品


『パニック・ルーム』 Panic Room (2002)
Director: David Fincher

『北北西に進路を取れ』風の、背景パースに合わせたタイポグラフィー



『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』 Catch Me if You Can (2002)
Director: Steven Spielberg

いかにもソール・バス風のアニメーション

現代のタイトル・デザイナーの第一人者、カイル・クーパーのインタビュー
Kyle Cooper interview on title design: Part 1/2
Kyle Cooper interview on title design: Part 2/2

Saul Bass (1960 - 1969) Archive2

Saul Bass


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『サイコ』 Psycho (1960)
Director: Alfred Hitchcock

ソール・バスは「シャワー」のシーンの絵コンテも描いた
『オーシャンと十一人の仲間』 Ocean's Eleven (1960)
Director: Lewis Milestone

『スパルタカス』 Spartacus (1960)
Director: Stanley Kubrick
アフリカン・アートの影響かな(仕事部屋にアフリカの人形を飾っている)


『よろめき珍道中』 The Facts of Life (1960)
Director: Melvin Frank


『栄光への脱出』 Exodus (1960)
Director: Otto Preminger



『ウエスト・サイド物語』 West Side Story (1961)
Directors: Jerome Robbins, Robert Wise

Something Wild (1961)
Director: Jack Garfein


『荒野を歩け』 Walk on the Wild Side(1962)
Director: Edward Dmytryk

絵コンテ

『野望の系列』 Advise and Consent (1962)
Director: Otto Preminger

『おかしなおかしなおかしな世界』 It's a Mad, Mad, Mad, Mad World (1963)
Director: Stanley Kramer

『枢機卿 』The Cardinal (1963)Director: Otto Preminger


『危険な道』 In Harm's Way (1965)
Director: Otto Preminger

Opening

Ending

『バニー・レークは行方不明』 Bunny Lake Is Missing (1965)
Director: Otto Preminger


『セコンド/アーサー・ハミルトンからトニー・ウィルソンへの転進』 Seconds(1966)
Director: John Frankenheimer


『グラン・プリ』 Grand Prix (1966)
Director: John Frankenheimer


Why Man Creates (1968) (短編ドキュメンタリー)
Director: Saul Bass

Saul Bass (1954 - 1959) Archive1


ソール・バス(1920 - 1996)
ニューヨーク出身のグラフィック・デザイナー

ソール・バスのオープニング・タイトルを観たなら、映画館を出てもいい。
なぜなら、その数分間で、どんな映画か分かるからだ」と言われている。

ソール・バスのタイトル・デザインのアーカイブを年代順にまとめてみた。
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『カルメン』 Carmen Jones (1954)
Director: Otto Preminger

『七年目の浮気』 The Seven Year Itch (1955)
Director: Billy Wilder


『悪徳』 The Big Knife (1955)
Director: Robert Aldrich


『黄金の腕』 The Man with the Golden Arm (1955)
Director: Otto Preminger



Storm Center (1956)
Director:Daniel Taradash

『攻撃』 Attack (1956)
Director: Robert Aldrich


『80日間世界一周』 Around The World In 80 Days(1956)
Director:Michael Anderson


Edge of the City (1957)
Director:Martin Ritt


『聖女ジャンヌ・ダーク』 Saint Joan (1957)
Director: Otto Preminger



『誇りと情熱』 The Pride and the Passion (1957)
Director: Stanley Kramer


Cowboy (1958)
Director: Delmer Daves


Bonjour tristesse (1958)
Director: Otto Preminger


『めまい』 Vertigo (1958)
Director: Alfred Hitchcock


大いなる西武 The Big Country (1958)

Director: William Wyler


『或る殺人』 Anatomy of a murder (1959)
Director: Otto Preminger


『北北西に進路を取れ』 North by Northwest(1959)
Director: Alfred Hitchcock

2014年3月8日土曜日

『コンプライアンス 服従の心理』

Compliance (2012)
Director: Craig Zobel
Writer: Craig Zobel
Stars: Ann Dowd, Dreama Walker

 かつて町山さんが『たまむすび』で解説(2012/9/11)されていた映画が、日本では2013年に公開され、DVDで観る。


 アメリカのあるファストフード店。朝からトラブル続きで、大忙しの金曜日だ。そこへ警察官を名乗る男から一本の電話が入る。その男は、19歳の女性店員に窃盗の疑いがかかっていると言い、店長のサンドラに、その女性店員の身体検査を命じた。警察官の言うことならと、サンドラはその指示に忠実に従うことに。その後さらに行為はエスカレートしていく……という話。

 映画を観ている間、沸々と怒りが込み上げてくる……。おそらく誰もが同じ感情を持つだろう。警察と名乗る男のおかしな指示に、なぜ疑問を感じることなく従うのか? 少女の服を脱がせ、放置し、さらには屈辱的な行為に及ぶ……そのことに何も感じないのか? そう、登場人物たちは、電話で話している警察官に全ての責任があるのだと勘違いしているのだ。
 
 2004年にケンタッキー州マウントワシントンのファーストフード店(Mで始まるバーガーショップ)で起きた実際の事件が、この映画の元となっている。映画はほぼ事実に忠実だ。女性店長の婚約者が呼ばれ、性的な虐待を行ったというのも事実だ。いや、事実はもっと酷い……。婚約者の男は命令されるままに、「金を探すという目的」で性器に指をインサートしたり、フェラチオを強要させたりしている(これは何の目的なんだ!…映画内でもそういう行為があったことを臭わせている)。
 
 同様の事件が2004年までに、30の州で70件も起きていた。捕まった犯人は37歳の男で、私設刑務所に勤める職員で、警察の内部には詳しかったという。素人はそれで、本物の警察官だと騙された。また上記の婚約者だった男も、性的虐待の容疑で逮捕された。もちろん婚約も解消だ。

 ミルグラム実験というものがある。イエール大の心理学者スタンレー・ミルグラムが行った実験で、人はいかに簡単に権威や命令に従ってしまうのかを実証したのだった。もしかすると警察オタクのこの犯人もこの実験を知っていたのかもしれない。
 
 映画の最後で女性店長が、TVのインタビューに答える。
「被害者の彼女とは立場は勿論違うが、私だって被害者なのよ」
周りはいい店長だとの評価だが、こういう人が最も冷酷だ。いいかげんに見える男子アルバイトが実はまともだった……あと少しの勇気さえあれば。

■実際のニュース映像


2014年3月2日日曜日

『Rush (ラッシュ/プライドと友情)』Niki Lauda vs James Hunt



『Rush』(2013)
Director: Ron Howard
Writer: Peter Morgan
Stars: Daniel Brühl, Chris Hemsworth

 1976年、チャンピオンを競い、壮絶なバトルを繰り広げていたF1ドライバー、ニキ・ラウダとジェームス・ハント。この時、僕はまだ小3でF1を知らなかったが、その後スーパーカー・ブームと共にF1にも興味を持った。部屋にはマクラーレンのポスターを張り、F1カーのプラモデル(タミヤ)も何台か作っていたが、TVでレースを観ることはできなかった。
1976年 J・ハントのマシン
1975年 N・ラウダがチャンピオンになったマシン

1976年 タイレル P34(6輪さ!) 
1977年 ロータス タイプ78(マリオ・アンドレッティ)
 『Rush』は1976年のF1チャンピオン・レースの行方を追い、70年代へのタイム・スリップを体感できる映画だった。あの時代のマシンが目の前で走っているなんて!……これだけのマシンの数々を集めたことに驚いた。実際にはF3の車体を改造して再現したという。
James Hunt(Chris Hemsworth),Niki Lauda(Daniel Brühl) 
Daniel Brühl,Ron Howard

  ニキ・ラウダを演じるのはダニエル・ブリュール、ジェームズ・ハントはクリス・ヘムズワース。マシンだけでなく人物の再現度も高い

(リアル)N・ラウダ、(リアル)J・ハント
(リアル)N・ラウダ
(リアル)J・ハント

 ダニエル・ブリュールは出っ歯の前歯を付け(そのためJ・ハントに「ネズミ」とからかわれている)、ドイツ語訛りの英語でN・ラウダの喋り方も似せた。一方クリス・ヘムズワースは『マイティ・ソー』では神の戦士だったが、この役のためにダイエットし、サーキットの壊し屋 "Hunt the Shunt"、女性経験数も神級の男(その数5千人!)、ハンドルを握るロック・スター、J・ハントに変身した

 『Rush』が公開されると知った時、疑問に感じたことがある。なぜ今、N・ラウダとJ・ハント? 監督がアメリカ人のロン・ハワード? ドキュメンタリーではなく、そっくりな役者を使っての映画って?
 イギリス人脚本家のP・ローガンとアメリカ人監督のR・ハワードは2008年に『フロスト×ニクソン』を製作した。元大統領のニクソンに対するテレビ司会者のフロストの関係を描き、70年代を舞台にした映画だ。今回、P・ローガンは何度もオーストリアの英雄、N・ラウダにインタビューを試み、1976年のJ・ハントとの熾烈なタイトル争いを脚本にした。『フロスト×ニクソン』も『Rush』も、70年代が舞台で、2人の男の対峙を描くという部分で共通している。監督のR・ハワードはオファーを受けた当初、F1をよく知らなかったのだが、この脚本に惹かれた。アメリカではインディカーやNASCARの方が人気が高いのだ。

 レースシーンの撮影はイギリスとニュルブルクリンク(ドイツ)で行われた。富士スピードウェイのシーンは日本ではない……ノーフォーク(イギリス)だったのだ! てっきり日本で撮影したのかと思った。同じくブラジル、イタリア、スペインのサーキットもイギリス国内に偽物を造った。

 この映画では、2人の男を全く対照的なキャラクターとして描く。J・ハントがこう語る
俺たちレーサーが女たちに何故モテるのか? それは同じ場所をぐるぐる走るからって尊敬されている訳じゃない。俺たちは常に死に直面している。死に近づく程、生きているって実感する……女たちもそれを感じるんだろう。女を抱いて、レースに出る……それだけさ……例え最後になったとしてもね

 一方、N・ラウダは初めて会った女性の車で田舎道を駅まで送ってもらうことに。N・ラウダは車の音だけで、幾つかの故障箇所を言い当てるが、その女性は整備に出したばかりだからと信じない。遂にその車は煙を吐いてストップしてしまった。N・ラウダはドライバーとしてだけでなく、エンジニアとしても一流だったのだ。ヒッチハイクで乗せてもらえた車を運転するN・ラウダに、後部座席の若者2人が興奮して言う…
「俺たちの車を運転しているなんて夢のようだ!」
助手席の女性はN・ラウダが誰だか知らない
「この人有名なの?」
「フェラーリと契約したあのN・ラウダだよ! 知らないの?」
レーサーってサラサラのロングヘアーに、シャツの胸を開けているのじゃないの? この人全然違うし。しかも運転もゆっくりでジジ臭いし…、ねえ速く走ってみてよ」 
N・ラウダは思い切りアクセルを踏み込むと、若者達は奇声を上げて喜んだ。スピードに凍り付く女性は後の夫人、マルレーヌであった。
このシーンが良かったね
1976年8月1日、第10戦ドイツGP、最も危険だと言われるニュルブルクリンク・サーキット、加えて最悪の悪天候の中、N・ラウダはクラッシュし、大火傷を頭部に負う。この時の優勝者はJ・ハント。この年以後、危険だという理由でニュルブルクリンクではF1は開催されていない。
この時のタイトル・ポイント、 N・ラウダ:61pt J・ハント:35pt

 その後15戦までの結果は以下の通り
第11戦オーストリアGP(8/15) N・ラウダ(欠場):61pt J・ハント(4位):38pt
第12戦オランダGP(8/29) N・ラウダ(欠場):61pt J・ハント(1位):47pt
第13戦イタリアGP(9/12) N・ラウダ(4位):64pt J・ハント(リタイヤ):47pt
            (N・ラウダが約1か月ぶりで奇跡の復帰!)
第14戦カナダGP(10/3) N・ラウダ(8位):64pt J・ハント(1位):56pt
第15戦アメリカGP(10/10) N・ラウダ(3位):68pt J・ハント(1位):65pt

 さて最終の第16戦は初開催となった富士スピードウェイだった。J・ハントが猛烈に追い上げ、N・ラウダと僅か3ポイント差となった。J・ハントは何としても3位以内に入り、ポイントを重ねないといけない。
 そして10月24日当日は、大雨……。ドイツGPでの悪夢が再び……という話。

 ラストは期待し過ぎた…。そう、僕は映画自体の結末も70年代風に、ニューシネマ的なものを期待していたのだ。N・ラウダの取った行動にフォーカスし、夫人とともにレースを見つめ、静かに考る……。この映画はそうではなかった。J・ハントにフォーカスを移したのだ。もう誰がチャンピオンかは興味外のような気がする。そして映画自体も結末に向けて「Rush」し過ぎたのではないか。

 この映画のドラマは1976年までで、最後はN・ラウダのナレーションで締めくくる。
 その後の2人の人生も興味深い。J・ハントの年間チャンピオンはこの年だけであった。1977年の日本GPでの優勝を最後に、優勝からも遠ざかった。1979年にウルフ・チームに移籍したが成績がぱっとせず、シーズン途中で引退した。引退後はBBCのF1解説者となったが、1993年に心臓発作により、45歳の若さで死去する。
 N・ラウダは1985年まで現役を続け、年間タイトルを3度取った。引退後は航空会社を経営するなど実業家としても活躍している。

N・ラウダ「J・ハントは45歳で亡くなった。驚きはしなかったが、ただその時は哀しかった。私が羨ましいと思ったのは彼だけだった

映画内でのF3のJ・ハントのマシン
N・ラウダとJ・ハントという同時代に生きた2人の天才。僕なら肩入れしたいのは勿論N・ラウダだ。だが羨ましいのはやはりJ・ハントだ……5千人だからね。
 
Niki Lauda vs James Hunt - Documental BBC
映画はハンス・ジマーの音楽も含め、エキサイティングなアクションは現代のアメリカの若者にも受け入れられるろう。このBBCのドキュメントは僕らオールド・ファン向きだ。音楽だって70'sさ……70'sは僕らのゴールデン・エイジなんだ。